05*Jのママさん〈前編〉/よしのももこ

国立の駅からすぐの細い路地に、Jという喫茶店がありました。学校帰りにこの街に寄って、古着屋をのぞいたりレコード屋でバイトしたりしていた十代の頃の私にそのドアを開ける勇気はなく、いつも小窓から漏れるオレンジ色の暗い灯りを横目でチラリと見ながら素通りしていました。

時は流れ、私は少しだけ年を取り、Jのドアを開けてコーヒーとチーズケーキを頼む日がやってきました。私なんかが足を踏み入れたら、店員さんからも他のお客さんからも「“わけのわかってない”小娘がここに何の用だ?!」という視線が一斉に突き刺さってくるんじゃないか……などと、勝手な妄想をふくらませていた昔の私がマヌケに思えるくらい、そこは受容の空気に満ちていて、誰が何を話しかけてくるわけでもないのに「好きなだけそこに居ていいですよ」と言われているような気がしたのでした。

私は、からだに合わないコーヒーを飲むと血圧が急に下がって、動悸・冷や汗・めまいでえらいことになってしまうのだけれど、Jのブレンドコーヒーは大丈夫でした。“大丈夫”どころか、今まで飲んだどのコーヒーよりおいしかったし、添えられたミルクまで完璧だったのです。自家製のニューヨーク焼きチーズケーキは、しっとりしているけどベタベタした甘さがなくて、やっぱりとても好きな味。煙草は苦手なはずなのに店のにおいもなぜか心地よくて、ああ、もっと早くここに来ればよかったな、と思ったのでした。

すみっこの席にちんまりと座って、店の中に吊るされたランプや時計やその他いろいろな古い道具を眺めたり、持ってきた文庫本をのんびり読んだりしているうちに小一時間が経ち、私は伝票を持ってカウンターに向かいました。千円札で代金を支払うと、“ママさん”と呼ばれている女性がそれを受け取り、お釣りを手渡しながら「ありがとうございます。またお願いします。」と言って僅かに微笑んだのです。その瞬間、

「菩薩だ!!」

菩薩が何なのかなんてまったくわかってない(今もわからない)私が、ママさんのその表情を見て、はっきりとそう感じたのです。私の脳は、感覚器官が受信したデータの何を“菩薩”という言葉に変換したのか。何かに菩薩を感じたのは、後にも先にもそのときだけです。

そこから先の記憶はとても断片的で、まずは、店の出口脇の壁に貼ってあった「ウエイトレス募集」という小さな手書きの紙に気づいた場面。次に、カウンターの中の赤毛のおじいちゃん(マスター)に向かって「ここで働かせてもらえませんか?」と言っている場面。それに対してマスターが「いいですよ。」と答えている場面。それから、シフト表の空きを見て、来る日を決めている場面……すべてが同じ日の出来事なのか、それとも別の日に出直したのだったか、いくら思い出そうとしてもぼんやりとしていて思い出せないのだけれど、その日から私はJのウエイトレスになったのでした。

Jでのアルバイトは、それまでたくさんやったアルバイトとはまったく異なっている体験でした。誰も私のフルネームを知らなかったし、私もマスター以外の誰のフルネームも知らなかった(しかもマスターには、名前が2つあった)。時給がいくらなのかも、よくわかってなかったし、どうでもよかった。ママさんが毎朝すみずみまで掃除していたので、お昼前の静かな店内にたたずんでいると、しゃきっと澄んだ水を浴びたような気持ちになりました。そしてなにより、家から店に向かう途中に心が重くなることが一度もなかったのです。

どのオーダーがどのお客さんのものかとか、どっちのお客さんが先に注文したかとか、そういう大事なデータを覚えておくことができなかったり、ケーキをきれいに等分できなかったり、カップとソーサーを違う柄の組み合わせで出そうとしてマスターとママさんに苦笑されたり、私はあまり出来のよいウエイトレスではなかったけれど、早くこれをしろ!あれを覚えろ!というプレッシャーをかけられることもありませんでした。

私のからだの調子がおかしくならないコーヒーは、どうやらネルのフィルターで淹れたものらしいということ。エバミルクと生クリームをブレンドしたものが、コーヒーには宇宙一合うこと。ビリー・ホリデイの歌声が特別だということ。摘んできた花をちょっと飾るだけで、その一角の空気が変わること。厚切りトーストのおいしい焼き方。氷屋さんが毎日届けてくれるぶ厚い氷の塊をアイスピックで砕くコツ。パイプの煙のいい香り。それまでの人生で知るチャンスがなかったことも、Jのカウンターの中でたくさん知りました。

〈後編につづく〉


2016-06-03 | カテゴリー どこにもないエリアで会いましょう |