04* ツチヤ君の部屋 / よしのももこ

19歳の頃、「バンド演奏でもやってみようかな~」となぜか突然思い立った私は、雑誌のメンバー募集欄でコーラス&タンバリン係を募集していたバンドに加入しました。そこのドラマーだったのがツチヤ君という4つ年上の兄さんで、私がその後組んだサニチャーというバンドでもドラムを叩いてもらうことになるのですが、その当時(93~94年頃)バンドのメンバーやら別にメンバーではない友達やら、いろいろな人がたびたびツチヤ君の実家の部屋に集まっていました。

いつ行っても誰かがいて、だらだらしたり、レコード聴いたり、昼間っから楽器弾いたり歌ったり、それをカセットMTRで録音したり。防音なんか一切してない普通の家だったけれど、バイオリンを弾いてる子もいました。古い木と埃となんらかの動物のにおいが混じったようなにおいがして、いつも薄暗いような、でもやわらかい陽の光が部屋を満たしていたような、記憶の中の不思議な空間……

「あの頃は深く考えてなかったけど、あの部屋いったいなんだったんだろ?」

昨年の秋、何がきっかけということもなく突然“あの部屋”のことを思い出した私は、ツチヤ君に何年ぶりかのメールを送ってみました。すると「ちょうど、来年の3月にあの家を取り壊すことが決まったところなんだよー!」という返事。これが虫の知らせというやつか!というわけで、ギリギリのタイミングで取り壊し前に再び見に行けることになったのでした。

中央線の駅から10分ほど歩いた静かな住宅街にあるその家は、道路に面したところには玄関がなく、右隣の家と左隣の家の間の細い通路を入っていった先に庭が開けている、という謎の構造になっていて、いつも異次元空間に潜入するような不思議な感じがしていました。でも、実は当時私たちが出入りしていたのは裏口だったようで、別の道に面したところに立派な正門があることを今回はじめて知りました。

古い建物の戸をガラガラと開けてすぐ正面がツチヤ君の部屋で、家族の人たちの気配を感じることも時々あったけれど顔を合わせることはほとんどなかったし、その部屋だけ他の部屋とはちょっと独立しているような感じがあったので、当時は「ここは、離れか何かなのかな?」と思っていたのですが、ずっと謎だった家全体の構造も今回の訪問で明らかになりました。

聞けば、この家はかつて料亭として使われていた建物をツチヤ君のおじいちゃんがわざわざ移築したのだそうで、言われてみれば建具や照明器具なんかの意匠がいちいち洒落ている! “古い建物”どころの騒ぎではなく、めちゃかっこいい日本家屋だったのです。当時はまったく気付きませんでしたがツチヤ君の部屋の前から左にのびる廊下は各部屋とつながっていて、これまた当時はその存在に1ミリも気付かなかった美しい庭の眺めも素晴らしい!

昔を懐かしむつもりだった私の台本が新発見の連続によって片っ端から書き換えられた上、ツチヤ君がこの家を出てからだいぶ経つのもあって、長いこと人が住んでいない“元・ツチヤ君の部屋”の中にあの頃の名残を見つけることは難しく、懐かしみモードはあっけなく終了。あとは近況を報告し合ったり当時の友達の消息などを聞いたりして、あまり長居はせずにおいとましました。

帰りの中央線の中で、「記憶の中のツチヤ君の家と、今日見てきたあの家は、どうしてあそこまで違っていたんだろう?」というのをぼんやり考えていたら、かつての“くつろげなかった自分”の姿が浮かび上がって来ました。

ツチヤ君の部屋に出入りしていた20歳前後の私は、友達とは1対1(多くても3人)で喋り倒し笑い倒す!という感じの遊び方しかしたことがなく、何人かの友達と誰かの部屋でダラダラと過ごすという経験がそれまでの人生でほとんどありませんでした。多様性に対する免疫みたいなものが限りなくゼロに近い状態だった当時の私にとって、“いろんな人が集まって、特にお題もないままなんとなく過ごしている空間”というのは未知の世界だったのです。

そんな未知の世界へポーンと身を投げ出す勇気がなくて、ギュッと身を縮めて、必要最小限の情報以外をシャットアウトしていた当時の私。あの家のかっこいい建具や照明器具だって画像として目には映っていたはずだけれど、脳がそれを一切解析してなかったわけです。見えてたけど、見てなかった。きっと他にもそういうものがいっぱいあるんだろうな。

私が開いてようが閉じてようが、そんなの誰もなんとも思ってなかった…というよりも気づいてすらいなかっただろうし、もっと普通にいろんなこと話して、興味を持って、みんなに何でも聞いてみればよかったのに! ああもったいない!! と今なら思うけれど、あの頃はくつろぎ方を知らなかったんだからしょうがない(なにしろ、本当にくつろげるようになって来たのだってここ数年のことなんですから)。

とまあそんな私の自我のあれやこれやはさておき、あの頃のツチヤ君の部屋が、くつろぎ方を知っている人も知らない人も一緒に過ごせるような場所だったのは確かです。これがもしマンションの一室とかだったら、またぜんぜん違ったような気がします。区切りがあいまいで開かれたつくりになっている昔の日本家屋の持つ力なのかもしれないし、商いの場として使われていた建物っていうのはやっぱり人を招き入れるふうにできているのかもしれないなーとか、いろんな想像がふくらみます。

隠れ家みたいな雰囲気はあったけど、何かこそこそと悪いことが行われてるわけでもなかったし、いわゆるドラマ的な要素がぜんぜんなくて、ただただ“なんでもない空間”としてあの場所にいつも開かれてあったツチヤ君の部屋。いびつな自意識でガチガチに固まってたわたしですら、自意識のすき間からその心地よい“なんでもなさ”をしっかり感じていたから何度も足を運んだのだと思います。

そしてその感覚が20年以上も私の中のどこか深いところで静かに生き続けていて、何かの拍子に再びふわっと浮かび上がって来て、今の私にこうやってまた新しい感覚をもたらしてくれるのです。

ツチヤ君の部屋は取り壊されてなくなってしまったけれど、私がそこから受け取った感覚はこれからも生き続けて行くわけで、時々浮かび上がって来たときに自分が楽しむだけじゃなくて、何か全然違った場所で、違った形で放流したりしてみたい。そうやってちょっとずつ巡っていったら面白いなと思います。ここに書いてみたのも、その放流のひとつです。
(おわり)


2016-05-06 | カテゴリー どこにもないエリアで会いましょう |