02*コンフリクトちゃん(前編) / よしのももこ

その小さな女の子、コンフリクトちゃんにとって「学校」という場の違和感ははなはだしく、行くのがとても苦手だった。

コンフリクトちゃんの「学校」にまつわる最初の記憶は、小学校1年生になったばかりの授業中にAさんというクラスメイトが突然ひきつけを起こし、泡を吐いて卒倒して救急車で運ばれて行った場面だ。机の上に吐かれたものを遠目に見ながら怖くて目が回りそうで、「こうやって教室で座って静かに授業を受けてると、自分が泡を吐いて誰かを怖がらせる側になるかもしれないんだ…」ということに気づいてしまったそのとき以来、コンフリクトちゃんは学校でお腹が痛い気配がすると教室から逃げ出して保健室に隠れるようになった。

3年生になり、Mくんというクラスメイトが机の中に隠し持ってた何日も前の給食のメロン(腐っていたものと思われる)のニオイをふざけて嗅いで盛大にリバースしたときもやっぱりコンフリクトちゃんは吐かれたものが怖くてクラクラしていたのだが、担任の先生が「こういうときに協力して掃除しないヤツは最低の人間だ!」と鬼の形相で説教するので教室のすみっこで必死に気配を消していた。

そういうときに具合の悪い子をいたわったり、掃除をサッとやれることがとてもあったかくてだいじなことだというのはコンフリクトちゃんもよくわかっていたし、できるものならそうありたいと思っていた。ただ、それとはぜんぜん別のところでただただ吐いたものが怖い。そればかりはどうしようもないのだが、「学校」という場ではそれは許されなかった。克服して合わせよと云われる。コンフリクトちゃんは、ひたすら逃げるしかなかった。

学校にはいろんな子がいる。ヒトは同じもの(画面)を見たとしても、それぞれが好きなようにそれを見て、好きなように解析して、手持ちのデータの中から好きなものと紐付けして好きなように認識しているのだから、100人居れば100個の並行宇宙がそこにあることになる。それらが出たり入ったりしながらランダムに関わりあって共存していくのがヒトの暮らしというものなんだとしたら、ぜんぶを一つの形にはめこんだり、束ねてラクに管理することを目的としたシステムにはどうしても綻びが生じてくる。誰かが無理をしないと成り立たないことになってしまうから。

しかし、おそらく、「学校」にはその綻びを修繕する余裕がなかった。無理をしている「誰か」の絶対数が少なければ、その綻びは一部の子ども固有の「問題行動」や「病気」として扱われるのみで、システム自体を疑ってそこに手を付けようとする者はほとんどいない。作られてからたかだか100年ほどのシステムがなぜか絶対不変のものとしてガチガチに固定され、多くの人がそれを採用してつつがなく過ごしていた(少なくとも表面上は)。

コンフリクトちゃんにとって、「学校」という空間の決められた席に決められた時間しずかにじっと座ってみんなで同じことをしなければならない、というのが最高にむずかしかったのだが、ただそれだけのシンプルなことが誰にも伝わらない。なぜみんなはこの「学校」とか「クラス」とか「授業」みたいな設定を割とそのまま受け入れて、ちゃんとこなせてるのかな? なんでこんなクソまずい紙パック牛乳を飲まないと怒られるのかな?なんでどこもかしこも薄暗くひんやりしてて居心地がよくないのかな? なんでこんな寒いのに半袖とブルマーで屋外走ってんのかな?…些細だけど不思議なことだらけ。

ヒトにはそれぞれその時々で固有のリズムというかテンポがあり、それとズレたところに合わせ続けるのはなかなかしんどい。

例えば「教科書の読み合わせ」という、一斉授業ならではのシステムがある。先生が朗読したり、当てられた生徒がひとりで読んだり、あるいは何人かがセンテンスごとに分担して読むのを聞きながら他の生徒は教科書の文字を目で追うというアレだが、コンフリクトちゃんは文章を読むテンポがとても速いので必ず朗読の声とタイムラグが生じてしまう。そこで自分のテンポを優先してどんどん先へ読み進んでしまうと、「次、コンフリクトさん、読んでください」と先生に指されたときにどこを朗読すればよいのかわからず怒られる。かといって文字を目で追うことをあきらめて朗読者の声を聞いていても、やはり指されたときにどこを読めばよいかわからない。となると朗読者のテンポに合わせて文字を拾ってゆくしかないのだが、これを数分続けているとズレに対応しきれなくなった脳みそがかゆくなって、コンフリクトちゃんは爆発しそうになってしまう。

そういう「感じ」がいたるところに散らばっていて、うっかり踏むと爆発してしまう空間に何時間もい続けるというのは緊張をともなう。 コンフリクトちゃんはいつも疲れていたし、不安定だった。

その一方で、小学校高学年になった頃には、それが「単なるシステムとの組み合わせ」の問題に過ぎないことにコンフリクトちゃんは気づいていた。今、自分が組み込まれている(ように見える)システムがすべてではないこと。まったく違うシステムがこの世に存在することを知るだけで、ひとつのシステムの中に居ながらにしてそこから外れることができる。そのことにコンフリクトちゃんは気づいたのだった。

それは2冊の本との出会いによってもたらされた小さなひらめきだった。そのひらめきに含まれる「感じ」はそのままコンフリクトちゃんの生きる軸となった。それを無視せず受け取ったことで、コンフリクトちゃんは脱出に成功したのだ。


2013-04-09 | カテゴリー どこにもないエリアで会いましょう |