02*冬の一日 / 那須早苗

目が覚めたら、カーテンをひらいて、窓の外の景色を眺めるのが好きだ。目の前には、家々の屋根が連なり青白い光を浴びて静かに佇んでいる。ひんやりした空気に小鳥のさえずりが響き、遠くバスの走り出す音が聞こえる。それらは見慣れた景色のはずなのに、毎朝、初めて出会っているような気がする。夜が明ける度に世界は新しく生まれる、そんなふうに想像するのも好きだ。光を浴びて、体中の細胞がざわめく。生まれたばかりの景色の前で、私もまた、新しい自分になれるような気がして。
今朝は空一面に雲が広がっていた。淡い灰色の雲の隙間からぼんやりと白い光がにじんで、町全体が凍えるような空気にすっぽりと包まれている。思い切って窓を開け、深く息を吸った。鮮烈な冷たさが体の中を駆け抜けてゆく。こんな日は、きっと雪が降る。そう考えただけで、うれしくなった。未だ静かな曇り空に、白いものがちらついてくるのを想像してみる。空の奥をじっと見つめる。その視線は、初めて雪に触れたあの日につながってゆく。

2011年1月18日
一日編む。雪のミトンを編んでいる。白と曇り空のような淡いグレーの二色を編み込んでいるのだが、とても色が近いので、すぐに柄を間違えてしまう。編んでは解き、また編む。そしてまた間違えてしまう。 それでもこの色の組み合わせがとても好きだ。遠目で見て初めて、淡いグレーの編地に白い結晶が浮かびあがる。少しでもバランスが崩れたら存在しない、その儚さが、壊れてしまいそうな結晶の繊細さに似ている。

目は手と糸の動きを見ている。そして別の景色を感じてもいる。

子どもの頃、体が弱かった私は、寒い日々を部屋の中で過ごすことが多かったと記憶している。母のレース編みの本に残された幼い日の落書きを見ていると、当時の自分が生々しく立ちのぼってくるのだった。本を開き、鉛筆を握りしめ、力を込めて線を引くちいさな手。床の間がある部屋には、兄のお下がりのおもちゃが散らばっている。時々、窓辺にそっと近づく。靴下の裏に敷居のささくれを感じながら、のぞきこむようにして外の世界を眺めていた。目の前には、小さな庭と、隣家の境に立つブロック塀と、道を挟んだ向こう側に友達の家があって、その青い瓦屋根の向こうには、果てしなく広がる空があった。何をするあてもなかったのだから、きっと、毎日のように外を眺めていたのだろう。
ある朝、霙が降った。雪と雨が一緒に降ることを「みぞれ」という、そのことを教えてくれたのは、母だったと思う。やわらかな何かが落ちる微かな音と雨滴が地面を打つ気配に呼ばれて、慌てて外に目をやると、辺りは冷たい半透明の膜で覆われていた。雪と雨とが重なってひとつになったそれは、氷が抱えられるだけの水を含み、そして今にも水が滲み出してしまいそうな危うさがあった。決して触れることの出来ないその景色を、ただ、見ていた。
それからどれくらい時が経ったのかはわからない。部屋に染み入るように寒さが迫ってきて、窓の外には白いものがちらついている。雪が降っていた。

私と子どもの私の視線が、重なり合って、それを見ている。

半透明の膜の上には、うっすらと粉砂糖をふりかけたように白い層が出来て、雪はその上を覆うように、さっ、さっ、と降り積もってゆく。思わず外に飛び出して、雪の中に立った。次々と舞い落ちる雪に、そっと手を差し出し、手のひらの雪をじっと見つめる。白い針が重なる姿が目に飛び込んできた次の瞬間、その輪郭は丸みを帯びて透明になり、すっとほどけて、消えてしまった。雪の輪郭をもっと見たいと思ったけれど、顔を近づければ近づけるほど、さらに見えない。透明な水だけが手に残っている。視線を上げると、見慣れた景色は見知らぬ世界へと変わり、白く光っていた。そして、静かだった。
圧倒的な美しさの中に迷い込み、何かに打たれたように呆然と立ち尽くしていた時、いつもとは違う別の感覚が呼び覚まされたような気がした。それが何だったのか、無論その時の私にはわからなかった。けれど意識の深い場所から、ひとつの謎が、すっと浮かび上がってきたのだった。

半透明の世界が白く変わってゆくその瞬間は、いつのことだったのだろう?

水がやっと固まったような柔らかい氷の上に、雪としての存在を失わずにいられた最初のひとひらを見たいと、その時、強く思っていた。その雪片はきっと、空の高いところから落ちてきたそのままのかたちをしている。それを自分の目で確かめたかった。人知れず長い時間、空を漂っていた美しいものは、その白い針の先に至るまで、どんなかたちをしているのだろう。
それからというもの雪が降るたびに、じっと外を見つめていた。窓にぴたりとつけた鼻の頭は冷たく、息でガラスは白く曇った。それでも、雪が降り積もる最初の一片を見ることなんて出来なかった。気がつけば、辺りはすでに白く覆われている。地面も、木や草も、家も。そして微かな物音さえも。

この出来事は強く印象に残っていて、糸を手に、時々思い出すことがあった。その度に、子どもだった自分が望んでいたことは、一体何だったのだろうと不思議な思いに包まれる。ひとひらの雪を見る、たったそれだけのことに、どうしてこれほど夢中になっていたのかと。その時の気持ちを、じっと見つめる。透明なレンズを何枚も重ねて、向こうに見える微かなものに、ゆっくりと焦点を合わせるように。けれど、そこに何があるわけでもなく、心の中は妙に静かだった。

ふと、思う。ただ、そこにいたかっただけなのかも知れない、と。

体の内と外の境が消えて、白い世界とひとつになり、ひとひらが地面に触れたその瞬間、空気が揺れて震えている。そこにいて、その全てを感じていたかったのだと。そして自分にはわからない何処かで、そんな瞬間が起こっていることを信じ、想像しながら、ひとひらと同じ空気を吸っていたかっただけなのかも知れないと。
子どもだった私にとって、自分の足で歩いて行ける場所が、この世界のすべてだった。その中で起きる出来事は何でも知っていると思っていた。黄色いナズナが咲く場所はどこか。田んぼにオタマジャクシが泳ぎ始める時期はいつか。ミズヒキソウの葉の上の白い泡は、何かの卵であること。ヘビイチゴの赤い実は蛇が食べるものだから、人が食べてはいけないのだということ。目の前に広がる風景をじっと見つめ、匂いを嗅ぎ、そして触れた。体の表面から伝わってくる感触が、私の小さな世界を作っていた。けれど、それだけではなかったのだ。

伸ばした手をすり抜けてゆくものがある。
決して触れることの出来ない瞬間がある。
けれど、たしかに、そこにある。

それは特別な場所にあるのではなく、私の目の前にあったのだ。その存在を信じることは、自分自身を信じることにも少し似ている。そう気づいた時、辺りの景色がすっと遠くなって、親密な気配は薄れ、かたちあるものは輪郭だけがそこにあって、手を伸ばせばすり抜けてしまうような、どこまでも透明で、ふわふわとした、生まれたばかりの世界に私はいた。この世界のことを、何一つ知らない。けれど、ここで生きてゆくのだと思った。顔を上げて、前を向いた。

snowflake


2015-09-09 | カテゴリー あむということ |