仕事部屋の中から/あむということ / 那須早苗

  家事を一通り終えた午前十時。
  仕事部屋へ入る。
  私はここで糸を編んでいる。

 

仕事部屋は、自宅の一階にある縦2メートル横3メートル程の小さな部屋である。元はクローゼットとして設計されたものらしかったが、私がこの家で暮らす以前から、そう呼ばれていた。それは義母がこの部屋で、洋裁仕事をしていたからだった。足が不自由な義母は、外で働くことが難しかったので、手に職をつけて家で出来る仕事をしながら、家計を支え続けてきた。私が初めて仕事部屋に入った時、床の片隅には、長いロール状に巻かれた布がいくつも置かれていた。訊けば、この布でスカートの下に穿くペチコートを作るそう。時には数百枚の注文が入ることもあるのだと、後に私の夫になる人が教えてくれた。そしてその口調は、どこか誇らしげでもあった。

結婚をし、夫の家族と一緒に暮らすようになってから、私は家であみものの仕事を始めることになった。義母の仕事部屋で編むようになったのは、その頃からである。二人で作業をするには小さな部屋だったけれど、編物は座る場所さえあれば出来るので、狭いことはあまり気にならなかった。それよりも、義母が仕事に集中している時の心地よい緊張感の中で編むのが、私は好きだった。ハサミで布を裁つ音がジョキジョキと響き、シュッと布が擦れあう音が聞こえる。ミシンはダダダと唸り声をあげて、目にもとまらぬ速さで銀色の針を動かしている。時折、パチンと糸を切る音がする。糸が動き、物として新たな命が吹きこまれ、生まれる。その気配に満ちた部屋が好きだった。この場所に呼ばれたのかも知れなかった。

数年経って義母は仕事を卒業し、今は私ひとりで編んでいる。部屋の奥には、かつて義母が使っていたミシンが眠っている。時に編む手を休めて視線を投げれば、古くて頑丈でどっしりとして、家族を守ってくれたかけがえのないものが、そこにはある。未だ義母の手の余韻が残っているミシンは、ただそこにいるというだけで、私は心強くもあり、励まされるような心持になるのだった。

 

仕事部屋は南に面して大きな窓がある。窓の外には小さな庭がある。正面は隣家が迫っているので、朝、部屋まで届く光はとても少ない。雨戸を開けても夜の欠片はなかなか出て行こうとせず、部屋は鎮まったままだ。それでも時間の経過と共に日射しが移ろい、光が射し込み始めると、部屋は次第に目覚めてゆく。目の前の明るさに呼ばれて顔を上げると、カーテン越しに窓辺は白く光っている。その光は、まるで繭の内側から天を仰ぎ見るように柔らかだ。部屋の扉を閉めると、この世に溢れるあらゆる音から遠くなって、完全に隔離されたひとつの空間となる。すっぽりと包まれ、守られているようなこの場所で、日々、黙々と編んでいる。手を動かしながら、考え、そして編む。この小さな部屋が、時に私のすべてとなる。

 

「編む」という言葉を辞書で引くと「糸・竹・藤・針金・髪などを打ち違えに組んで、衣類・敷物・家具・垣・髪型などを作る」とある。私の「あむ」は糸を編む作業のことで、今は竹製の棒針を使い、毛糸でミトン(指なし手袋)を編んでいる。ミトンは手を包む形をしているので、編目を三本か四本の棒針に分けて輪にしてから、筒状に編み上げてゆく。まず棒針を一本ずつ左右の手に持つ。左手の編針にかかった編目の中に、右手で持った編針を入れる。編目からわずかに出た針先に糸をかけて、編目の中から糸を引き出すと、右の編針にひとつ編目が出来る。と同時に、左の編針にかかっていた編目は外れて、右の編針に生まれた新しい編目の下にある。その作業を延々と繰り返す。

 

一目、編む。そして次の目を編む。
一瞬、ある光景が頭をよぎって、消える。
深い場所へ螺旋階段が延々と伸びている。底は見えない。
階段が描く小さな弧を辿りながら、暗闇の真中に向かって降りてゆく。

 

いち、に、と数えて編み続けていると、指の動きは、ある一定のリズムを刻み始める。階段を降りる足音が、そのリズムと重なってゆく。作業に集中している時の張りつめた心地よさを意識しながらも、私自身の頭の中は次第にクリアになって、からんとひらけた場所が生まれる。いつの間にか足音は消え、音のない場所で私はじっと見ている。目には、手と糸が動いているのが映っている。時に目は別のものも見ている。ひらけた場所に浮かぶイメージは、過去のある場面がふわりと立ち上ってきたものだ。

 

私は、編むものをデザインするということはしない。

見えたもの、見えているものを、編んでいる。

 

感情や過去の出来事を言葉に綴ることと同じ線上に、編むことがある。編んだものには、私がかつてこの目で見、感じた風景が重なっている。その風景に焦点を合わせ始めると、突然違う次元が立ち現われたかのようになり、現実であるはずの仕事部屋の存在が、すっと遠くに行ってしまう。椅子も机も、棚も、その存在が急に薄れて、輪郭だけがやっとわかるような感じに。内に広がるイメージは鮮やかに広がり、手で触れることは出来ないけれど、はっきりと感じている風景の中を、私は自由に歩き始める。

 

ある本の一場面が心に浮かんでいる。ミヒャエル・エンデの「はてしない物語」(上田真而子 佐藤真理子訳/岩波書店)。物語の呼びかけに応えて、その中に入り込んでしまった少年の物語だ。中学生の頃に夢中で読んでいた本だったけれど、細かなことは思い出せないでいる。それでも、とても印象に残っているシーンがある。

主人公バスチアン少年が、最後に辿り着いたのは、雪に埋もれたある村だった。その地面の下には膨大な数の人間の記憶(眠っている時に見ていてすでに忘れ去られた夢)が埋もれている。彼も、そこで自分の夢の記憶を探さなくてはならない。地下深く伸びる坑道を降りた先に夢の採掘場があり、暗闇の中、たった一人で壊れやすい雲母のような記憶を探す。その時、彼は自分の名前以外の、人間として生きていた記憶の殆どを失っている。だからどれが自分のものかは分らないけれど、ある日、どうしても手放せない一枚の記憶と出会う。そこには悲しげな表情を湛えた一人の歯科技工士の姿が浮かび上がっている。彼はその記憶と引き換えに、自分の名前を失う。自分が誰なのかもわからないまま、引き離すことが出来ない記憶=彼の父を抱いて、バスチアンは再び雪の中を歩き始める。

 

暗闇の中で、胎児のように丸くなって大切な記憶を探し続ける少年の姿に、閉じられた部屋の中で黙々と編み続ける自分の姿が重なっている。この少年と同じように、私は編むことで、埋もれている記憶の断片を掘り起こしているのかも知れない、と思うことがある。壊れないようにゆっくりと記憶をなぞり、丁寧に埃を払って胸に抱くと、それはすっと体に沁み込んでゆく。まるでさっきまで呼吸していたかのように、じんわりと、あたたかい。

自分の名前と引き換えてもかまわないほどのかけがえのない記憶。それは真の意思であり、自分が何のために生き、生かされているのかを知ることでもある。私にとって、それはどんなものだろうと思う。編みながら、頭の片隅で、ぼんやりとそんなことを考えている。そうして一日が過ぎてゆく。


2015-07-15 | カテゴリー あむということ |