小豆島の食だより

03*海はどっちだ / 平野公子

畑に植えたミニトマト(細長い形で固いもの、焼くと旨い)は採っても採っても出てくる。しかも実の色が青いときもトマト色になったときも、なんとも言えないイイ色なのだ。枝豆、きゅうり、かぼちゃ、トウモロコシ、コリアンダーなど少量しか植えなかったので人に送るほどありませんが、今年は実験ということで、いろいろニワカ農婦でやってみてます。島の土と気候はどんな植え付け作物もいけそうだ。

島というからには当然回りは海だ。住んでいるところがなだらかな山の麓なので、島であることをつい忘れてしまう。

先日港の近くを、青い海を眺めながらプラプラ歩いていたら、漁船とおぼしき小型の船が突堤に数十隻もやっていた。ぼんやり見ているうちにひとつの疑問がワラワラとでてきたのだった。海辺それも瀬戸内海、瀬戸内海、世界の宝石などと大騒ぎされているわりには、瀬戸内海で2番目に大きな島、小豆島には漁港らしきところがない。魚市場も地場魚専門で食べさせてくれるところもない、小売りの魚屋もない。まだわたしのリサーチ範囲が少なくて知られざる漁港やびっくりするほど旨い魚市場屋台がどこかに潜んでいるかもしれないが、誰に尋ねてもそんなところがなさそうなのだ。私にはコレが不思議でギモンで、しみじみ残念でたまんない。あの江ノ島や鎌倉でさえ、海辺でイカや貝焼いたりしている、おみやげに干物買って帰ることができる。なのに海に囲まれた小豆島ではそれもナシですか? そりゃぁないでしょう。どうしてなのか誰かキッチリ理由を教えてほしいものだ。

「ほんの5、6年前はこの家の前のなぎさでアサリがたくさん穫れたものよ」
海岸線に沿ったところに、定年後自宅兼カフェを開いてるママはそう言う。

えっ、たった5、6年前には穫れていたんだ。
「そうよ、わたしの子どもの頃は貝はザクザク穫れたわね。魚も小イワシとかね海藻も全部この浜から穫って食べてたのよ」

じゃあ、どうしてんのいまは?
「スーパーで買っちゃうわね。いつからどうしてこうなったのかしらぁ」

原因とか知らないんですかぁ?
「いろんなことがあるんじゃない。プランクトンが減ってしまったとか……」

そこまでいくのに数段階あると思うんですが。でも、漁師さんはいますよね。
「いるけど、すごーく少なくなってるんじゃない」

 地場で穫れた魚が集めらる魚の卸商店〈魚伝〉さんに行ってみた。島でこういう店は一つかもしれない。

魚伝さんは午前中しかやっていない、倉庫のような店でコンクリートには水が流されたまま、その地べたに本日穫れた魚が無造作にバットの中にいれられている。蛸などはいまにもはい出しそうだ。

「なあに、移住して来たの、小豆島はいいよ、魚旨いよ、これきょう穫れたまながつお、あんまり知られてないけど島でよく穫れるの」

じゃあそれ一匹。

「一匹関西じゃぁ3000円、東京じゃ5千円くらいするよ、島では1500円ね」

おじさん、そこのホタルイカも。
ビニールに山盛りのホタルイカとアジ10匹と4切れに捌いてもらったまながつをで〆て3000円なり。

これで一週間は魚づくしだ。
魚伝の大将に聞きたいことはいっぱいあるのだが、つぎからつぎへと飲食店や個人のお客でいっぱいなのだ。

聞いたところで、私のギモン、シツモンにそう簡単にはお答えいただけないことだろうことは察しがついた。

小豆島に限らず漁業の今は奥が深そうだ。皆目わからん。

2014-07-28 | カテゴリー 小豆島の食だより

 

02*たけのことられた! / 平野公子

家の前方は小高い山になっている。

春山をしばらく歩くとうっそうとした樹々の連なりで、少し怖い。かまわずズンズン歩いていくと、桜の大木が一本、その回りに視界がぱっと開かれ明るくなる場所にでた。そこにはなんとあたり一面に結構な数のお墓群が見えてくるのだった。

墓石はみなそれぞれ彼方の海にむかって建てられている。これ、島の墓の立ち姿の常識であるらしい。歩いていると島では思わぬ場所が墓所になっているところがあるが、この山の上のお墓には驚かされた。なんと気持ちのいい場所を墓所にしたのか、将来墓には入りたくない私でもこの場所にはこころ動かされる。

山は全部大家さんの地所で、墓は先祖代々十六代まで遡るひとたちのお墓なのだという。十六代! いったい何人の方々がこの山の墓に眠っておられるのだろう。計算もできない。代表して一番奥の一番古そうなお墓に手を合わせた。

山を駆け下りると、道路に近い山際は全て竹林。家を探しにきたときから目をつけていた竹林である。そう、たけのこたけのこ!

4月、まだたけのこ掘りはできないか、大家さんに聞いてみた。
ちょっと油断しておったら、全部やられてもうた。とられてしもうた。大きい穴がたくさん残っておった。えっ、誰に? 誰にって、あの穴はししやろ、いのしし。道際の細い竹のは少しのこってるやろ。穫ってもええよ、だけどうまくないかもしれんよ。

それでも楽しみにしていたたけのこ、掘りましたとも。4、5本しか残ってなかったけど。

掘ったたけのこを抱えて持ち帰り米のとぎ汁でゆで、家に小さいのを2本残して、島の友達にあげたり、神戸の娘に送った。細い竹はイノシシ君たちが掘らなかったたけのこ、それでも美味しいとメールが来るのだから、いのしし君たちが食べてしまった山の奥の竹林のたけのこはかなり美味だったのではないだろうか。クソッ。

よし、来春は昼間のうちに山の奥に入って掘るぞ、腰にたくさん鈴つけて(自己流いのしし除けのおまじない)掘るぞ。

キッと山を睨んでいのししどもに向かって決意を告げた。

いまは6月、畑にはこれでもかとカボチャの茎が伸び放題、黄色の花をつけはじめた。花の数を数えるとたいへんな数のカボチャができそうだ。ところでカボチャも誰か穫りにくるのだろうか? たぬきかいたちが背負って持ち帰ってもせいぜい1個か2個しか背負えないよね。そのくらいならいいぞ、持ち帰りオッケーよ。カボチャの回りに種から植えたトウモロコシは10本ほどのびてきた。枝豆も元気で実がつきそう。これは人間用だ、動物たちにはあげないよ。

畑には10センチくらいの大蜘蛛が3匹生息している。ヘビ、やもり、ミミズのたぐい多数、名前もしらない大きい羽虫多数。樹々や作物につく虫多数。みな土の中のさらに小さなイキモノを食べているのだろうか。身体についた蚊ははたくが、虫は殺せない。

庭の栗の木は花をさかせた。柿の木にも小さな果実がつき始めた。イチジクにも実がついた。楽しみにしていたビワは今年は不作だとか、実をつけていない! 

家にはないすももを探しに島の海側地帯を来週には歩くつもり。

2014-07-10 | カテゴリー 小豆島の食だより

 

01*もったいない / 平野公子

5、60坪ほどの家の回りの畑は大家さんの手入れがいきとどいていた。
引越したその日から白菜、だいこん、じゃがいも、ねぎ、レタス、たまねぎ、紫タマネギ、絹さや、空豆とつぎつぎ収穫してはそのまま直行で台所へ。

野菜類はどれも力が強く固いが味と匂いが濃く、ウーンこれがこれぞ野菜だぁ、と感激ひとしおである。
例えば大根。畑には40本ほどあったかしら、それを毎日食べるのはふたり家族には無理。干したり焼いたり煮たりすったりしたけど、どうがんばっても半分以上は残ることになりそう。そうか家庭菜園とはいえここらあたりの畑は半農家とも言える規模の畑をたがやしている。しかも同じ種類の作物を中量に栽培している。またどの家の畑も見回すとそんな様子で、どの畑もどの畑も同じ作物だ。どうせだったら違うもの植えて交換すればいいものを、とためいきつくのは私くらいなのか。とうとう春先には畑の隅に大根の抜かれたのがほかされて(放り出してあるの意か?)あった。もったいない。

今いちばんの収穫時期にきているのが空豆。空豆が畑でどんな茎や葉のなかで育っているのか、初めて見たわたくしめ、ひとめみてその名前の由来がわかった。まだ中の豆がちいさなうち、サヤは全て空に向いて突き刺すように出ている。おそらく中の豆が大きくなるとサヤは地に向かってたれてくる、そのときは収穫時なのだろう、と思う。空にむかっているサヤをひとつもいで中の豆を生で食べると柔らかく赤ちゃんまめなのがわかる。旨い。

空豆は葉も茎も姿形美しく、びっくりするほどのいい作物であった。一年に一度しかこの姿に会えない、農業は不思議。とってもとってもとりきれないほど育っている空豆たちを一粒残らず収穫したい。ほかさないぞ。

空豆の収穫が終わる頃、大家さんに「あちこちある畑の世話で大変だから、平野さんちの前の畑は好きに何植えてもいいから」と言われた。待ってました。そういってくれると思ってましたとも。いそいそホームセンターに通い種を買い出し、畑の一部にトウモロコシ、ラディッシュ、シソ、枝豆、トマト、なすと少ない分量の収穫を見込んで植えてみた。
さて、しろうと農業はうまくいくんだろうか。失敗しないとわかんないから失敗したい。大いに失敗したい。農業の本は読んでない。作物から聞き出したい。もちろんわざわざ言わなくとも無農薬、雑草ぬきもせず、水も雨まかせ、にわかズボラ農園でやってみる。

と、へんな自信もてるのも、ココは土と空気と陽と風通しがいい。
これ以上に手をかけずにいけるものならそれがいいのでは、という確信みたいなものが私にはあるから。

次回は「たけのことられた!」

2014-06-12 | カテゴリー 小豆島の食だより