『に・褒められたくて』のこと(いまさら制作日誌)①

ながさわたかひろさんの『に・褒められたくて』を刊行してから半年以上が経ちました。
わたしにとってすごくターニングポイントというか、……あれ、それどういう意味だっけ? 出版を続けるうえでとても重要な一冊です。

最近、いくつかトークイベントをしたり、そのことで久しぶりの友人に会ったりして「どうしてこの本を出そうと思ったの?」と聞かれることが何度かありました。
思えば、そういうことは書いていなかった。って、編集者がそんなこと伝えるのは当たり前のことではないですが、一人でやっている以上、そういうところにもっと意味を感じてもらってもいいのかなと思うこともあり、今更すぎるタイミングではありますが、ながさわさんとの出会いや、作品のこと、そこから本作りのことまで、何度かに分けて書いてみようと思います。

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ながさわさんと最初に出会ったのは、わたしが野球雑誌の編集をしているときでした。
上司が会議室でお客さんと会っていて、「みんなちょっと来て」と呼ばれたので行くと、そこには野球雑誌編集部にはなかなか現れない、文化系の人がいて、とても大きな作品を上司に見せているところでした。(イラストレーターさんやデザイナーさん、とも雰囲気が違ったので、かなり異色に見えたのを覚えています)

そのとき見せてくれていたのが、初代(?)「プロ野球画報」という作品。
2009年の、東北楽天ゴールデンイーグルスの全試合を、各試合9コマ、それも銅版画で描いた、話を聞くだけで気の遠くなるような作品でした。
それを見て無性にワクワクして、なんかすごい人が来たぞ、と思い、いろいろ質問攻めにしたような気はします。
いま、思い出しながら書いていてハッキリしないのですが(だって、6~7年前……)、その前だったか後だったかに、その作品を展示した個展があり、その知らせも受けていながら、「校了直前だから」という理由で行けなかったことは、未だに後悔しています。その頃は、雑誌の進行がすべてのような生活をしていて、校了直前に行きたいところに行くようなことは、まずなかったのでした。

それから、野球雑誌の編集者としては、ながさわさんに二度、仕事をお願いしました。
一度目は、えのきどいちろうさんに原稿をお願いしたときの挿絵(ナンシー関さんの、後ろ姿を描いてもらった)。
二度目は、2005年の東北楽天ゴールデンイーグルスのメンバーを描いてもらった見開きの企画。

そしてわたしは2011年に退職をし、編集室屋上を立ち上げるのですが、その退職の挨拶のときのメールに「ながさわさんとは野球関係なく、本をつくりたい」というメールを送っていました。
それから、毎年開催されるながさわさんの個展には毎回足を運んで、同じ頃に始めた「東京野球ブックフェア」でもトークに出ていただいたり、と、ほそぼそとお付き合いは続きました。といっても、わたしが一方的な「ファン」であっただけですけれど。

そうして、2014年1月のながさわたかひろ展「に・褒められたくて」に出会うのです。
『美術手帖』での連載や、ながさわさんのブログで「に・褒められたくて」という連作は見ていたし、そのコンセプトを含めて素晴らしい作品だと思ってはいたものの、実際の作品を目にするのはこのときが初めてだったと思います。少なくとも、一堂に会したものは当然初めてでした。

そのときの感情、ハッキリ覚えています。
これほどのものを放っておいていいのか?
これが芸術家の仕事というものなら、わたしは編集者なのだから、これを作品集として世に出すのがわたしの仕事ではないか?
この作品を本にしないなら、わたしが編集者を名乗る意味もないのではないか?

いま文字にするとかなり恥ずかしい、おこがましい言葉ですが、それでもそのときに湧き上がった気持ちが、ながさわさんの「に・褒められたくて」という作品を本にするところまで持ってきました。
言うまでもなく、それだけの力のある作品、展示でした。

つづきます。

 

 


2016-11-21 | カテゴリー 『に・褒められたくて』, 屋上日記 |